初めて見る瀬都内の雰囲気

西日本には余り行ったことがない。東日本から遠いのでどうしても敬遠しがち。そして自分の人生でも瀬戸内海などは行ったことなかった。

 

いつも通る海岸線から見る海は「とにかく水平線のかなたまで広がる海」であるが、今回見てきた瀬戸内海の海は今まで見ていた海の雰囲気と違っていた。

 

小島がぽつぽつとありながら、川の様に見えても海である。船が数多く通っていた。今日は初めて来た瀬戸内海の雰囲気を楽しみつつ、倉敷まで向かった軌跡を書きます。

 

 

2号は通らないと心に決めた。

私の自転車旅のポリシーは「道々を楽しむ」こと。なのでどんな道路を通るかを重要視しています。単にしまなみ海道に行くだけならば国道2号を通ればいいが、

  • 交通量が多い
  • 自転車が入れないバイパスがある
  • 単調な風景

ということが相まって、主要国道は余り行かない主義。坂道が多くなりがちで大変だが、3級国道を行くことが多い。

 

姫路から備前市までは「国道250号」という海沿いのルートを通った。

 

 

まあとりあえず姫路で腹ごしらえして出発!姫路から相生(あいおい)までの国道250号は「はりまシーサイドライン」と呼ばれている。崖際なのでアップダウンが多い

 

この250号は御津町室津」という歴史的な街に通じている。この町は港町として1300年あまりの歴史を持っていて、昔ながらの街並みが楽しめる。

 

宿場町でもあり、江戸時代には西国の大名たちがこの室津から陸路で江戸に向かい、明治以降には多くの文豪が泊まり、作品を書いたという。

 

穏やかな湾の中に「かき」?を養殖するための?漁具が浮いている。

穏やかな海と靄でうっすらと見える遠くの島。

ちなみに道はこんな感じで急↓

 

この辺は歴史的な感じがする。

そこそこ大変な坂道を登りながら相生市に到着。少し休憩してさらに先に進む。

相生から先も250号を通っていく。崖に近いのでこの下の写真の様に坂がやっぱりきつい。

しかしこんなものを発見した。
相生から赤穂市に入る峠のところ。
なんだろうか?何か歴史を感じる。

調べて見ると
「元禄赤穂事件」に関係するだそう。
元禄赤穂事件は「忠臣蔵」のモデルに
なった事件。

赤穂藩の城主
浅野内匠頭長矩が江戸城にて
吉良上野介義央に切りかかり、
(何か遺恨があったそう)

そして浅野が一方的に切腹に
処されてしまう。その刃傷事件の
一報を赤穂藩へ知らせるために使者が
この籠に載っているそう。

江戸から赤穂までを4日半で
行ったそうだ。時代劇が好きな人なら
「忠臣蔵」「赤穂事件」と聞いて
このことが分かるかもしれない。

 

やっぱこうゆう歴史的な物を
ついでに知れるから旧道は
とてもいい。

岡山IN!

人生初の岡山県に入った。
備前市に入ってそのまま
岡山市へ向かう。

備前市に丁度良く安い食堂があったのでそこで食べる。もちろん揚げ物をチョイスする。どうせ夕食までにはお腹すいちゃうし。午後も50㎞ぐらい残っている。

倉敷でまた悲劇

備前からどんどん進むと岡山市を抜けて倉敷市に到着。しかしこの辺はどうしても交通量が多い。何とか進みつつも倉敷市で夕方を迎えたのでまずは風呂を探す。

そこでなんとまた

2日連続での一発目が空いていないパターン。気を取り直して探すと2件目は流石に空いていた。倉敷でも野宿をする。大型充電器があれば1週間はもつことが北海道一周編で分かったのであと3日はキャンプ・野宿にする。

 

3月であっても朝・夜は冷える。防寒を怠らないようにしてこの日も倉敷で目立たない所で寝た。ちなみに近くに墓場があったのを次の朝に知った。夜に行くと暗くて分からない。

 

次の投稿、その3では倉敷から尾道、そして「しまなみ海道」へ行きます!サイクリストなら行くべきと言われる理由が分かりました。

 

海の上を走った
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