北海道一周編その5 海岸線

 始発前には出発するため4時半に起きる。寝袋と待合所の断熱がよすぎて、汗ばんで一回起きてしまったほど。テントとの違いがよく分かる。朝食は急ぐので基本カップラーメン。2食連続だけど仕方ない。でも、旅で食べるカップラーメンは横浜で住んでいるときに食べるモノと一味違う。成分や中身は結局同じだけど、ありがたみというか、常にお腹がすいているのか、やっぱり一味ちがう。調理が簡単で保存も効く、そして実際ウマい。これほど旅に適した食料がある時代に生まれてよかった。

 

 食事を終えて、出発準備をいていると突然おじさんがドアを開けた。挨拶を交わして、おじさんは何か紙の束の様なものをバス停に置いていった。すぐにおじさんは車で去って行った.. 突然のことでびっくりした。数分後には今度はバス停に、おばちゃんが来た。「あれ?始発まだだよな?」と思いつつ、挨拶を交わす。

 

「おはようございます。」
おばちゃん「おはようございます(ゆっくり)。あら、ここで寝ていたんですか?」
「はい…自転車で北海道一周してまして、昨日夕方にここについたのですが、寝る場所がなくてここで寝てました。」
「へぇー自転車でかい?すごいねえ。」

おばあちゃんは私と話しながら、紙の束の紐をほどいてたりしていたので、

「それは何ですか?さっきおじさんが置いていきましたけど。」
「あぁ、これね。これは新聞。あたしは新聞会社に委託されて、この町に家々に新聞を届ける係の人なの。このバス停は広いし、
まちの中心だから、松前の集荷所からここに新聞が送られてくるの。」
私「新聞配達員の人が各家に送るんじゃないんですねー!」
「小さい町だからね。新聞あげるよ読売と朝日しかないけど。」

 いつも余ってしまう予備の部らしく、新聞を頂いた。ネットやテレビばかりで新聞は読まない派であるが、暇な時にでも読もう。おばあちゃんに別れを告げて、今日も自転車旅の一日が始まった—


今日は吉岡から、昨日の目標地点の松前を通り、上ノ国、江差を進み、乙部町の先の大成地区を目指す。天気は曇り時々晴れ。昨日と違い、雨は降らないらしい。今日は昨日走れなかった分をふくめて120km はしる予定。

 

 吉岡を出発するまえに、トンネルメモリアルパークという場所にいってみた。(バス停がなければここで野宿するつもりだった。)
吉岡に青函トンネルが通っており、その記念公園である。また吉岡海底駅がある。(現在は通過駅で吉岡定点になっている)

青函トンネルを模した石碑

昭和天皇陛下が洞爺丸事故を悲しんで、お詠みになられた御製が刻まれた石碑もある。
この御製が青函トンネル着工のきっかけになったという。

御製
”その知らせ 悲しく聞きて わざはひを
ふせぐその道 疾くとこそ祈れ”

 洞爺丸事故の詳細、慰霊碑、工事に使われた一部の機材なども置かれていた。

この海底にトンネルがある!
ついでに

 水道があったので、作り忘れていたポカリを作っておいた。メモリアルパークを離れ、5km先に北海道最南端に到着。今回の旅は北の大地の北の果てをめざしていたので、最南端にはあまり感動しなかったが、せっかくなので記念撮影。
岬からは松前が見えていた。松前へはここから10kmぐらい。朝日も昇ってきて、覆道も朝日に照らされる。そしてトンネルも多くなる。

 

 最南端から松前をとおる。松前からは江差町までは海食崖の谷間にできた漁村しかない。すこし大きければセコマ、ガソリンスタンドはあるが、街の間隔が10kmぐらいなので特に、水の補給には気を付けたい。

こんな道がずっと続く。

たまに現れる町はこんな感じだ。

 松前から20kmほど走り、セコマを見たので休憩。パンが安くなっていたので購入。店内を回っていたとき、老夫婦がリュックをしょって、カゴいっぱいに生鮮食品やパン、牛乳などをいれていた。会計を済ませると、多くの食品をリュックにいれていた。私の自転車を見て、「どこから来たの?」と訊いてきてくれたので、少し話す。なんと、セコマ(コンビニで)数日間の食料品と生活必需品を買いこんでいたそうだ。この辺はスーパーマーケットがなく、個人商店も品ぞろえが少なかったり、高齢化や清算が取れない等で相次いで閉まっているらしい。毎日、野菜、肉をとどけてくれのがもうセコマしかないらしい。車をつかって坂をのぼり、セコマでたくさん買うという生活だそうだ。セイコーマートは北海道において、電気・ガス・水道と並ぶインフラの一つとも言える大きな存在なのかもしれない。

 

 後で調べたことであるが、セコマは本島のみならず、利尻島、礼文島、奥尻島といった離島も含めて北海道全土にあり、他のスーパーマーケットやコンビニが出店しないような人口の少ない場所にも出店して、その地域の住人の買い物難民化を食い止めているそうだ。24時間営業をしない(札幌などの都会部は24時間)、独自の物流ルート、地元の農協との強い繋がりがセコマを成り立たせているのであった。初山別村なんてセコマを建てるために自治体でセコマに依頼して、土地代を格安で提供するほどである。旅人にもありがたいが、恩恵を受けているのはそこの地域の住民だろう。(参考→http://hre-net.com/keizai/ryutu/15758/ )

 町を抜けるとまたもや、またずっと道路だけがつづく。江差に近づいていくと崖のすぐそばの道路が多くなる。

防雪シェルター

10時ごろようやく上之国に入る。町境から江差まではあと25kmぐらい。

市街地までつづく。

 町を外れると何もない。信号もないので効率よく移動することができる。たまに公衆トイレが設置されていることがあるので、見つけたら要を済ましたほうがいいです。すこし走ればコンビニか何かあるでしょとか思っていると、途中でトイレ地獄になります。10km道路だけという区間も普通にありました。

 そして江差に差し掛かる。

市街地につくと港に開陽丸が停泊していた。

 江差町に着いた時12時ごろであったので、昼食をたべる。昼食をとっている間に洗濯物を洗おうと、コインランドリーを探すが見当たらない。5km先の街にあるそうだ。洗濯はあとにして、昼食を食べに行く。つるみ食堂というところで食べた。確か唐揚げ定食か何かを食べたが、うまく思い出せない。しかしお腹いっぱいになれた。

昼食のあと、コインランドリーに寄って衣服を洗う。まだ14時であったので先へ行く。町をでてまた海岸線を走る。信号が全くない(というか市街地や交差点がないから、信号を建てる必要がない。)北海道4日目であるが、もう秘境に来てしまった感じがする。この海の先にソビエトロシアがあるのか!

 ひたすらペダルをこいだ。余りにも風景が変わらないのでちょっと飽きがきていた。クロスバイクのころはフラットハンドルだったので、手の奥位置が少なく、走るのが飽きやすかったが、ドロップになると色々な姿勢が取れるので、まだ良かった。でも、あまりにも変わらな過ぎた。スピードメーターの走行距離ばかり見ていた。。

 

 荷物が多くても平均時速は22kmぐらいだった。海岸線で平坦であり、信号がないし、今日は無風だったから調子がよかった。16時ころにせたな町、大成地区に到着。今日は「貝取潤温泉」という国民宿舎にある温泉に入り、裏手の「大成野営場」に泊まることにした。しかし、このキャンプ場は大自然すぎた。蚊とアブが多く、何回かアブと格闘する。トイレも明かりがつかなくて、便器の中にアブの遺骸が転がっていた。。水辺は近く自然あふれてるところだが、トイレはもう少し管理をしてほしいと思う。さらにテント内に蚊を侵入させてしまいえらい目にあった。。

 

 あしたは寿都に向かいます。寿都?なんて読むの?ことぶきと?いや、じゅと?調べたら「すっつ」でした。北海道の地名は難しいものがおおい。(稚内も1月前まで読めなかった(笑))

次→その6

いちいいちい

About

自転車旅が大好きな学生です。日本の色々なところや、海外にも自転車旅しに行ったりします。そこでの出来事、風景、ノウハウを紹介したいと思います。2019年には世界一周しに行きます!

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