信号もほとんどない道南の道を走る 

始発前なのに人が来た。

始発前には
出発するため
4時半に起きる。

 

寝袋と待合所の
断熱がよすぎて
汗ばんで一回起きて
しまったほど。

 

テントとの
違いがよく分かる。

 

朝食は急ぐので
基本カップラーメン。
2食連続だけど仕方ない。

 

でも
旅で食べるカップラーメンは
横浜で住んでいるときに
食べるモノと一味違う。

 

成分や中身は結局
同じだけど
ありがたみというか
常にお腹がすいているのか、

 

やっぱり一味ちがう。
調理が簡単で保存も効く
そして実際ウマい。

 

これほど旅に適した
食料がある時代に
生まれてよかった。

 

食事を終えて
出発準備をいていると
突然おじさんがドアを開けた。

 

挨拶を交わして
おじさんは何か
紙の束の様なものを
バス停に置いていった。

 

すぐにおじさんは
車で去って行った.. 

 

突然のことでびっくりした。
数分後には今度は
バス停に、おばちゃんが来た。

 

「あれ?始発まだだよな?」
と思いつつ、挨拶を交わす。

 


「おはようございます。」


おばちゃん
「おはようございます(ゆっくり)。あら、ここで寝ていたんですか?」



「はい…自転車で北海道一周してまして、昨日夕方にここについたのですが、寝る場所がなくてここで寝てました。」



「へぇー自転車でかい?すごいねえ。」

 

おばあちゃんは
私と話しながら、

 

紙の束の紐を
ほどいてたり
していたので、


「それは何ですか?さっきおじさんが置いていきましたけど。」


「あぁ、これね。これは新聞。あたしは新聞会社に委託されて、この町に家々に新聞を届ける係の人なの。このバス停は広いし、
まちの中心だから、松前の集荷所からここに新聞が送られてくるの。」


「新聞配達員の人が各家に送るんじゃないんですねー!」


「小さい町だからね。新聞あげるよ読売と朝日しかないけど。」

 

いつも余ってしまう
予備の部らしく、
新聞を頂いた。

 

ネットやテレビばかりで
新聞は読まない派であるが
暇な時にでも読もう。

 

おばあちゃんに
別れを告げて、
今日も自転車旅の
一日が始まった—

 

海食崖を縫っていく


今日は吉岡から、
昨日の目標地点の
松前を通り、上ノ国、
江差を進み、乙部町の先の

 

大成地区を目指す。
天気は曇り時々晴れ。
昨日と違い、
雨は降らないらしい。

 

今日は昨日
走れなかった分を
ふくめて120km はしる予定。

 

吉岡を出発する前に、
トンネルメモリアルパークという場所にいってみた。(バス停がなければここで野宿するつもりだった。)


吉岡に青函トンネルが
通っており、

 

その記念公園である。
また吉岡海底駅がある。
現在は通過駅で
吉岡定点になっている。



青函トンネルを模した石碑

 

昭和天皇陛下が
洞爺丸事故を悲しんで、
お詠みになられた
御製が刻まれた石碑もある。

 


この御製が
青函トンネル着工の
きっかけになったという。

 

御製
”その知らせ 悲しく聞きて わざはひを
ふせぐその道 疾くとこそ祈れ”

洞爺丸事故の詳細、
慰霊碑、工事に使われた
一部の機材なども置かれていた。

この海底にトンネルがある!

ついでに



水道があったので、
作り忘れていた
ポカリを作っておいた。

 

メモリアルパークを離れ
5km先に北海道最南端に到着。

 

今回の旅は
北の大地の北の果てを
めざしていたので、

 

最南端にはあまり
感動しなかったが、
せっかくなので記念撮影。


岬からは松前が見えていた。
松前へはここから10kmぐらい。
朝日も昇ってきて、
覆道も朝日に照らされる。

 

そしてトンネルも多くなる。

 

最南端から松前をとおる。
松前からは江差町までは
海食崖の谷間にできた
漁村しかない。

 

すこし大きければ
セコマ、ガソリンスタンドはあるが
街の間隔が10kmぐらいなので

 

特に
水の補給には気を付けたい。

こんな道がずっと続く。



松前から20kmほど走り、
セコマを見たので休憩。

 

パンが安くなっていたので購入。
店内を回っていたとき、


老夫婦がリュックをしょって、
カゴいっぱいに生鮮食品やパン、
牛乳などをいれていた。

 

会計を済ませると
多くの食品をリュック
にいれていた。

 

私の自転車を見て
「どこから来たの?」
と訊いてきてくれたので、

 

少し話す。
なんとセコマ(コンビニ)で
数日間の食料品と
生活必需品を
買いこんでいたそうだ

 

この辺は
スーパーマーケットがなく
個人商店も品ぞろえが
少なかったり

 

高齢化や清算が
取れない等で相次いで
閉まっているらしい。

 

毎日、野菜、肉を
とどけてくれのが
もうセコマしかないらしい。

 

車をつかって坂をのぼり
セコマでたくさん買う
という生活だそうだ。

 

セイコーマートは
北海道において、
電気・ガス・水道と並ぶ


インフラの一つとも
言える大きな
存在なのかもしれない。

 

後で調べたことであるが
セコマは本島のみならず
利尻島、礼文島、奥尻島と

 

いった離島も含めて
北海道全土にあり、
他のスーパーマーケットや
コンビニが出店しないような

 

人口の少ない場所にも出店して、
その地域の住人の買い物難民化を
食い止めているそうだ。

 

24時間営業をしない
(札幌などの都会部は24時間)

 

独自の物流ルート
地元の農協との強い繋がりが
セコマを成り立たせて
いるのであった。

 

初山別村なんて


セコマを建てるために
自治体でセコマに依頼して
土地代を格安で
提供するほどである。

 

旅人にもありがたいが、
恩恵を受けているのは
そこの地域の住民だろう。

(参考→http://hre-net.com/keizai/ryutu/15758/ )

 

 

町を抜けるとまたもや、
またずっと道路だけがつづく。

 

江差に近づいていくと
崖のすぐそばの
道路が多くなる。

防雪シェルター

10時ごろ
ようやく上之国に入る。
町境から江差まで
はあと25kmぐらい。

 

市街地までつづく。

町を外れると何もない。
信号もないので効率よく
移動することができる。

 

たまに公衆トイレが
設置されていることが
あるので、見つけたら
要を済ましたほうがいいです

 

すこし走れば
コンビニか何かあるでしょ
とか思っていると、
途中でトイレ地獄になります。

 

20km道路だけという
区間も普通にありました。

 

 

多きめな港町、江差

市街地につくと港に
開陽丸が停泊していた。

江差町に着いた時12時
ごろであったので
昼食をたべる。

 

昼食をとっている間に
洗濯物を洗おうと
コインランドリーを探すが
見当たらない。

 

5km先の街にあるそうだ。
洗濯はあとにして、
昼食を食べに行く。

 

つるみ食堂という
ところで食べた。

 

確か唐揚げ定食か
何かを食べたが
うまく思い出せない。
しかしお腹いっぱいになれた。

昼食のあと
コインランドリーに
寄って衣服を洗う。

 

まだ14時であったので
先へ行く。町をでて
また海岸線を走る。

 

信号が全くない(というか市街地や交差点がないから、信号を建てる必要がない。)

 

北海道4日目であるが、
もう秘境に来て
しまった感じがする。

この海の先にソビエト
ロシアがあるのか!

ひたすらペダルをこいだ。
余りにも風景が
変わらないのでちょっと
飽きがきていた。

クロスバイクのころは
フラットハンドルだったので、
手の奥位置が少なく、
走るのが飽きやすかったが、

 

ドロップになると
色々な姿勢が取れるので
まだ良かった。

 

でも、
あまりにも変わらな過ぎた。
スピードメーターの
走行距離ばかり見ていた。。

 

荷物が多くても
平均時速は22km
ぐらいだった。

 

海岸線で平坦であり
信号がないし、
今日は無風だったから
調子がよかった。

 

16時ころにせたな町
大成地区に到着。

 

今日は
貝取潤温泉」という
国民宿舎にある温泉に入り

 

裏手の「大成野営場」に
泊まることにした。

 

しかし、
このキャンプ場は
大自然すぎた。

蚊とアブが多く、
何回かアブと格闘する。

 

トイレも明かりが
つかなくて、便器の中に
アブの遺骸が転がっていた。。

 

水辺は近く
自然あふれてるところだが、
トイレはもう少し管理を
してほしいと思う。

 

さらにテント内に
蚊を侵入させてしまい
えらい目にあった。。

 

あしたは寿都に向かいます。
寿都?なんて読むの?
ことぶきと?いや、じゅと?

 

調べたら「すっつ」でした。
北海道の地名は
難しいものがおおい。

 

(稚内も1月前まで読めなかった(笑))

 

寿都は海食崖が作った
奇岩が多かった。
次→その6